PRキーマンとの出会い

福井俊彦氏(日銀総裁)その1

日銀のアナウンス(PR)効果:量的緩和の解除決定

解除でどうなる?

不良債権処理で体力の弱った銀行の代わりに、世の中にお金が十分いきわたるよう、「銀行の銀行」である日銀がじゃぶじゃぶとお金をばらまく、量的緩和策は5年続きました。
(このあたりの日銀の役割については、弊社HP「経済を楽しく学ぼう」の「これでなっとく!経済の基礎」・「銀行の仕事」を参照してください。イラストで初心者にもわかりやすく解説しています)
通常の金融政策である、金利の上げ下げをすることでは追いつかず、世界でも珍しい金利ゼロにしても、まだ足りないので、ついには金融危機を封じ込めるため、日銀が直接お金を市場に供給する策に出たのでした。
(ゼロ金利政策については、弊社HP「学ぼう動物園」参照。ペンギンさんが解説してくれます。)

今回の解除によって、「かなり異常な状態」が、やっと「ちょっと異常な状態」になりました(笑)
まだゼロ金利は続くので、世界的、歴史的に見て、異常なのは変わりません。
しかし、金利の上げ下げに政策の軸を戻したのは、大きな転換です。
これによって、長期の金利は確実に上昇していきます。住宅ローンや、企業が融資を受ける銀行からの借り入れの金利は、上がっていくことになります。
金利が上がると株価は下落するので、これから株式相場は、理論的には下落する方向に向かいます。
ただ短期の金利はゼロのままなので、預金の金利は変わらず低いままが続きます。
銀行や郵便局にお金を預けても、利息がスズメの涙レベルなのは、変わりません。

意外な早い解除—福井総裁について

正直、今回の決定はちょっと意外でした。
年始から「春ころには、量的緩和策の解除をしそうだなあー」とは思っていましたが、福井俊彦総裁の性格を考えると、慎重に「4月に解除」だと予想していたからです。
金融市場でも、3月より、4月を予想する人のほうが、多かったようです。

福井総裁には、総裁就任前、シンクタンクにいらしたとき、何度かお目にかかったことがあります。
非常にきさくな方で、アポイントを断わられたことはなく、気軽にひょいひょいオフィスにお邪魔していました。
わたしが「生保のカラクリ」(講談社)という本を書いたときは、わざわざ感想文までお手紙でいただき、「日本の銀行は欧米に比べ10年遅れている。生保はそれより、さらに10年遅れている」と、賛同のご意見でした。民間の金融機関に厳しい目を向けられていました。
もともと日銀のエリートとして若いころから養成され、王道を歩まれていた方なので、歴代の総裁と同じく、まずは慎重な姿勢をとられることは間違いありませんでした。
ただ、違うのは、頭の柔らかい方だな、という印象があり、いつもニコニコされているのと裏腹に、「やるときは、やる」「いうべきときは、いう」という強い意志の持ち主と受け取っていました。
竹中経済財政担当・金融大臣など、政府関係者の間には「時期尚早」との意見もありましたが、「金融政策は日銀が決めるのだ」という強い決意を表した結果にもなりました。
(ちなみに、この二人は個人的にはとても仲がいい。同志といってもいい。また「政府・日銀は・・・」とマスコミで称されるように、日銀は半官半民で独立性が高く、政府ではない)

日銀のアナウンス(PR)効果

日銀が今回政策転換を決定した理由に、「アナウンス効果が十分いきわたった」と判断した、ことがあげられると思います。
「アナウンス効果」(アナウンスメント効果ともいう)とは、前もって情報を流すことで、実行するより前に、影響を与えることをいいます。
選挙がわかりやすいですが、「あの候補者は厳しい」という情報が流れると、それに反応して、「大変だなあ。じゃあ、自分の1票で助けてやろう」と投票してくれる人が増えるといわれています。
逆に、「今度は大丈夫らしい」という情報が流れると、「じゃあ、他の人に投票してもいいんだな」という心理が有権者に働き、その候補者に投票せず、結果として落選することがよくあります。
金融の場合、金融政策の変更などについて、政府・日銀幹部が記者会見などを通じて情報を発信し、実行するより先に実体経済に変化をおこさせることをいいます。

今回の場合、年末から量的緩和の解除をほのめかす情報、たとえば、
「06年にやるかもしれませんね」
「こういう条件をクリアしたら、やってもいいんじゃないかな」
「ぼちぼちいい感じになってきたね」
「もう少しいろいろな意見を聞いてみてからだね」
などと、あいまいだが、それとなく予感させるコメントを流し始めました。

1人とは限らず、複数の人が連携しながら流したりします。
その結果、「ああ、もうすぐ実行するんだな」と思わせて、聞いたほうは準備に入るわけです。

情報を先に、実行はあとから

結果として、年初から徐々にローン金利、融資の金利は少しずつ上昇し始めました。株価はライブドアショックがきっかけだったとはいえ、下落に向かいました。政策転換を実体経済が織り込んでいったわけです。

日銀はまだ何もしていないのに、情報を受け取った利害関係者が勝手に動き始め、すでに実行されたのと同じ効果を生んでいたわけです。
いってみれば、「実行するのはもうわかった、あとはいつするのか、3月か4月か」、というところまで、少しずつ詰めていっていたのです。
ここは偶然ではなく、かなり計画的に、用意周到に進められています。
影響の大きい政策だけに、相当な神経を使って、慎重に世間の反応を見極めながら、発言の内容を前進させ、ゴールにたどりついた、というところでしょう。
米FRB議長の交代、株価の推移、長期金利の上昇ぶり、景気の回復ぶり、政府閣僚の反応、などさまざまな要因を汲み取り、影響の出方を考えながら、福井総裁は、宇宙船の月着陸よろしく、極端なショックをもたらさないソフトランディングに至ったわけです。
だから株価は不透明感がなくなったおかげで、むしろ週末に反発しましたね。
理論とは逆ですが、すでに政策転換が市場に十分認識されていた証拠だと思います。

企業でも応用を

目に見えない情報戦を繰り広げながら、意思どおりに全体を運んでいく。
これは何も日銀に限ったことではないでしょう。
企業でも、PRやマーケティングの分野でこうした手法はいかせるのではないでしょうか?
「風説の流布」になってはいけませんが、マスコミに対して、取引先や銀行に対して、あるいは、社内でも、アナウンス効果を有効に活用する場面はいくらでもありそうです。

一度自分ならいつどう使うか、考えてみてはいかがでしょうか?

福井俊彦氏(日銀総裁)その2
日銀総裁の投資、私との接点 日本銀行の福井総裁が、村上ファンドに投資をしていた、個別企業の株式も保有していた、と国会で問題になっています。 日本の金融政策をつかさどる立場にある者が、自分の利益のために、政策を左右したのではないか?、広義の...