社長コラム

日経新聞社員のインサイダー取引事件

証券取引等監視委員会、日経新聞社の社員を調査

2月24日の日経朝刊によると、東京本社の広告局の社員が今年2月までの数ヶ月間、日経新聞に掲載される上場企業の株式分割などの法定公告の掲載前後にこの会社の株式を売買、利益を得ていたことがわかったそうです。
証券取引法が禁じるインサーダー取引に当たる疑いで、証券監視委員会が調査をしています。
日経の社内調査によると、複数の銘柄について、法定公告が掲載される直前に、ネットで株式を購入、掲載後に売買して、数千万円を得ていたようです。
昨年末までは、株式分割が発表されると株価が大幅に値上がりすることが多かったので、この社員は、本来業務目的以外の利用を禁じられている内部資料を悪用したようです。(現在は東証の制度変更で値上がりはなくなった)

日経への信頼を裏切る

法定公告は、商法上の決まりです。
株式会社の決算や株式、債券の発行、配当、分割などについて、官報または日刊新聞を通じて、広く関係者に知らしめることを義務づけています。
日経は、ビジネスマンがもっともよく読んでいる新聞ですから、公告の手段として、非常によく利用されています。
もちろん掲載は有料です。昨年の売上高は約70億円と、広告部門の売り上げの6%を占めるといいます。
日経新聞としての信頼のうえに成り立っている制度ですから、まさかそこの社員が悪用しているとは誰も思わず、言論報道機関としての信用は大きく傷つくことになりました。
杉田亮毅社長は24日午前、記者会見し、陳謝したうえで、蔭山孝志常務取締役(広告担当)の辞任のほか、川堀泰史・広告局長と冨田賢・広告局金融広告部長の解任を発表しました。

日経記者の感想、権力としての日経

私と同期の記者などに取材したところ、
「広告の社員だからなー」
という声がかえってきました。
これは、
「記者(編集局)の人間と、広告など他の部署の人間では、意識が違う」
という意味です。
取材を通じて、日常的にインサイダー情報に接する記者は、その重要性・極秘性が十分わかっており、社内でも直属の上司以外に、情報を漏らすことはほとんどありません。
自分の書いた記事で、企業の株価を動かすことが簡単にできるからです。
場合によっては、倒産の引き金をひくことすら、あります。
私も入社まもないころ、自分の書いたある企業の記事で、翌日の株価が100円上昇してしまい、びっくりした記憶があります。日経の持つ(自分ではない)影響力の大きさを実感すると同時に、自分のわずかな裁量で、甚大な影響を及ぼしかねないマスコミ権力の怖さを知りました。

構造的な問題

大手新聞はどこもそうですが、部門別に社員を採用しています。
記者の場合、もともと正義感の強いジャーナリスト志望者がなるので、お金に対してあまり執着しないタイプが多いのに加え、日経は内規で記者の株式取引の規制をしています。
(もっとも明文化はしていないので、こっそりならわからない。それぞれの倫理感に期待、依存している面がある)
これに比べると、他の部門の社員は、一般企業に就職するのと同じような感覚で入社します。
広告なら、一般企業の営業マンとなんら変わらないと思っていいでしょう。
ノルマ、売り上げに追われるのも同じです。
そのため、新聞社の社員といっても、記者とはまったく別の人種であり、ジャーナリズムの感覚は薄いといわざるをえません。(高給取りなのは、記者と同じなのですが)
どんどん株価が上昇している、最近流行のネット取引でもうけたい、ラッキーなことに極秘情報は自分のすぐそばにいつもある、ちょっとやってみよう、といった軽い感覚で、今回の30代前半の社員は調子に乗ってしまったのではないでしょうか?

PR会社からの指摘

日経では、ときどき株がらみの事件が起きています。
私が在籍していたころ、リクルート事件で、リクルート・コスモスの未公開株を、当時の森田社長がもらっていたことがわかり、辞任しました。
昨年は、重要な取引先である、日本経済広告社の営業局長が、インサイダー取引事件で刑事告発されました。
あるPR会社の方から、こんな意見をいただきました。
「松下電器は、石油ファンヒーターの不良品事故に関して、すべての広告を切り替え、大金をかけて、謝罪と商品引取りの告知をくどいほど繰り返すことで、かえって企業としての好感度をアップした。さて、日経はどうするんだろう?」
今のところ、
「編集局に加え、広告、販売各局の社員に対し株取引の全面禁止を要請するなどの再発防止策を徹底。広告局員に、株取引はしないとの誓約書の提出を求める。また、法定公告については、広告局員の営業活動を全面的に停止する」
と表明していますが、はたしてそれでいいのでしょうか?
「日経中退」の私としては、注意深くウオッチしていきたいと思います。